拉致問題についての主張 −『解決への闘い 正念場』−
ジン・ネット 代表 高世 仁


 金正日が日本人拉致を認めて謝罪し、それから一ヶ月もたたないうちに拉致被害者が日本で家族と再会した。いまテレビの中継で、5人の拉致被害者がタラップを降り家族と抱き合っている。ついこの間まで誰もが予想できなかった事態が目の前で起きている。
北朝鮮が「悪の枢軸」としてブッシュ政権ににらまれ、経済危機で体制崩壊の淵に立たされているという有利な客観条件はあった。しかし私は、日本の世論を盛り上げ、北朝鮮をここまで追い詰める原動力になった拉致被害者の家族会に敬意を表したい。
 平壌近郊の工作員養成所で横田めぐみさんらしい女性を見たという、元北朝鮮工作員安明進(アン・ミョンジン)氏の証言を私たちがはじめて報じたのが1997年2月初旬のこと。証言は大きな反響を呼び、拉致された被害者の家族たちが立ち上がるきっかけになった。家族連絡会が結成されたのが3月下旬で、それ以来、年老いた親たちは街頭に立って署名を集めるだけでなく、北朝鮮へのコメ支援に反対する座り込みまで行なってきた。去年はアメリカに渡って拉致問題への理解を訴え、国連人権委員会への要請のためにスイスにも飛んでいる。こうした懸命な活動が共感を得て、いま家族たちを支持する圧倒的な民の声が、金正日を追い込み歴史を動かしているのだ。
 北朝鮮は肉親の情に訴え、「お父さん、お母さん、こちらに会いに来てください」と被害者たちに語らせたが、北朝鮮で再会するというシナリオを家族たちは一致して拒否した。見事な結束が今回の「一時帰国」を実現させた。これもまた家族会の勝利と言ってよい。
 ただし「一時帰国」では問題は何も解決しない。拉致された被害者がせっかく帰国したのに、再び拉致犯人のもとへ戻っていくとは誰が考えてもおかしな話ではないか。家族会が今回の「一時帰国」を不満ながらも受け入れたのは、今後早急に北朝鮮で生まれた子どもたちも一緒に帰国させると政府が約束したからである。
 北朝鮮が言う「8人死亡」はすでにウソであることがはっきりした。墓は洪水で流されたとして遺骨を示すこともできないでいる。「8人」のうち多くが生きているはずだ。
 今回の「一時帰国」を突破口にして、5人の家族全員の帰国を実現させるとともに、北朝鮮が「死亡」と発表した拉致被害者を「生き返らせ」拉致された全員の身柄を取り戻すという困難な闘いが始まる。拉致問題の解決は、まさにこれからが正念場である。
 本格的な闘いを前に、国交正常化ありきという外務省のこれまでの対応は根本から見直すべきだ。北朝鮮の住民は、許可証がなければ隣の村にさえ行けない。北朝鮮の友好国である中国に行きたいと思えば、命をかけて国境の川に飛び込むしかない。日本が北朝鮮と国交を結んでも両国民が自由に行き来できるわけではないのだ。往来の自由を謳歌するのは北朝鮮の一部特殊機関の人間くらいだろう。   
 日本政府は、北朝鮮が拉致問題で誠実な対応を見せなければ正常化交渉自体をやめると強く出るべきだ。いま、日本に試されているのは、国民の生命を守ることを第一義にする当たり前の国家になることができるかどうかである。

(『毎日新聞』2002年10月16日付に寄稿)



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